春に見た最後 (8)

第四話 - 2 頁


 帰りのバスは、空いている以外、いつも通りだった。真野君の隣でつり革を引っ張っていた。
「今日の予備校の授業はレベルが高かったな。直前講習会だから、当たり前だけど」
 喋り続けて、参考書も手に持っていない真野君は、いつも通りじゃない。
 腕時計まで気にしている。黒いGショック。私も同じのを買いたいの。お小遣いが少ないし、今買うのは無理だけど、大学の合格祝いなら買ってくれると思う。そうしていいか聞いたら迷惑?
「小牧、ちゃんと課題を済ませて、予備校の授業を受けに来いよ」
 真野君に頷き返すと、「じゃあ」と視線を落として言って、すぐ傍の階段を降りて行った。続いて高齢の男性が手すりを持って降りるのを眺めていた。何も考えず、その後ろから階段を降りてしまった。
 バスのドアは音を立てて閉まり、ゆっくりと脇の道路を走って行った。
 真野君は、怪しい私の視線に気が付くこともなく、帰りの道を歩いて行く。
 バスの中でも、階段を降りる時も、私の目を見てくれないだけでなく、正面も見ていなかった。
 そんなことがいつかあった記憶もないくらい、らしく、ない。
 元気のない真野君。ピンとしていない学ランの黒い背中。私がそうさせてしまったの?
 マンションの中に入っていくまで見ていた。昨日、来たばかりでも、夢で見たことのようだ。
 やっぱり。抱いて欲しかった。そうしたら……。
 買い物袋を下げたお婆さんに後ろに並ばれた。巡回バスだから、またここに来るバスに乗れば、うちの近くのバス停に着く。でも、帰りたくない。特に行く先もないけど、このまま帰りたくない。
 だって、私は、真野君のものになってしまいたかった。そうしたら……。
 牧先生のことを今も考えているの? だから抱けなかったの? なんて思わなかった。
 私にとっては、真野君にアタックし続けること。どれもこれもが一生分の勇気だった。
 女子たちの憧れのチアバトン部に入ることも。コイバナを打ち明けて仲間を作ることも。
 みんな卒業したらバラバラになる。友だち。大学受験。将来への希望。真野君への思い。
 ――小牧は、ちまいな。
 帰りのバスは、真野君と同じに乗り続けて来た。隣に並んで手すりを持って、参考書から私へ視線をずらして見下ろして、はじめて笑って話しかけくれた。そうなれるまでに二年間以上もかけたの。
 私は勉強をしない。大学は当たって砕けず、諦める。
 たくさんの願い事が叶うわけがない。分かっている。いくつも恵まれなくていい。だから、お願いです。たったひとつだけを……。
「あら、小牧さん?」
 後ろから声をかけられて振り返る。真野君のお母さんだ。昨日と同じに重そうな鞄を肩から下げて立っていた。
「そうです。こんにちは」
 お母さんに向き直ってぺこりと御辞儀をした。
「あら! こんにちは。綺麗な動作ね。何か習っているの?」
「お祖母ちゃんが厳しいだけです。お仕事ですか?」
 元着付け講師には、いかなる場合でも、一礼を廃(はい)してはならないと教わって来た。
「今日も遅番だからね。小牧さん、ご家族が多いのね」
「家族は六人です。三ツ沢下町にある一軒家に暮らしています。ちっちゃいです」
「そうなの。でも、私に対してまでそんな風にしなくていいのよ。友也に合わせていると、固くて疲れるでしょう。あの子、誰に似たのかしらね」
 手をひらひらさせて、ケタケタと笑っている。真野君をお手本にしてはダメなのですか?
「うちで勉強をしていくの?」
「いいえ。予備校から真野君と帰って来たところです」
「行き違っていない? 今、友也とマンションの下で会ってね、一緒に出て来たのよ」
 坂の下を見ている。なんですと? バス停に立っていた私に気が付かず、向こうに行った。
「そうですか。でも、もう帰りますから」
 真野君は、私に気が付いていたから、戻って来てくれたのかもしれない。気が付かなかったのは私の方なの? うつむいた。灰色のコンクリート。冷たい風が頬に吹き付ける。
 でも、ごめんなさい。なんか真野君と会話をしたくない気分なの。今、何かあったのかなんて聞かれたら、いやなことを言ってしまいそうだ。全部、真野君のせいがいいと思っていたのに。
「えっと? 受験も青春と言っていたから、それかな?」
 首を傾げられる。明るいお母さん。どれですか? 屋上のことをお家で話すわけがないから、二人きりで勉強をすることですか? それも青春かもしれません。私たちが大人になれば、いつのまにか消えて行くページ。
「真野君もそんなことを言うのですね」
 意外。お家でも無口なのかと思っていた。プライベートなこともお母さんに話すのか。
「最近、楽しそうに話してくれるのよ。暗い受験生なのに。小牧さんのおかげね」
 笑顔を向けられる。真野君がマイナスなことを言う? 青春を楽しげにお母さん相手に語るより、もっと想像が出来ない。落ち込むほど悩んで。頑張って毎日を過ごしていた。
「噂を変に勘違いしてごめんなさいね。うちの友也とこれからも仲良くしてやってね」
「お母さん、わたしは……」
 なあに? と、笑いかけられて、何も言えなくなった。
 その噂は勘違いだったと思う。真野君と牧先生は、変な関係であったはずがない。でも、二人になにかはあったのかもしれない。それを知りたいとも思わない。真野君の満開の笑顔を見ていたら聞けない。
「え?」
 私は、本当の彼女ではないのです。
 真野君を元気に出来る人は、私ではないの。だって、真野君は今も……。桜が。
「さく……」
 桜が。ふわりと白く舞って行く。はなびらたち。手のひらを広げた。落ちる前に捕まえた。
「つめたい」
 手のひらを広げて見ると、じんとした感覚だけが残り、また上から降って来る。白い花びら。
 やっと捕まえたのに、冷たく消えて行った。
「雪? ちょっと。やだ。泣かないで! ごめんなさいね」
 首を振り、セーターの袖に目をつけてこする。真野君は……。今も……。
「わたしが情緒不安定だから」
 最近、涙腺が緩んだ私には、この言い訳しかない。受験生だから、という顔しかない。
「分かるわ。私だって同じような時はあったもの。あの子は、きっとね、小牧さんに話しかけない方が良いと思ったのよ」
「出来ないから、わたし」
 首を振る。真野君のように、好きな人をそっと見送るなんてこと、私には出来なかった。
「友也もあなたの前でカッコつけているだけよ。そんなに出来た子じゃないもの」
「心配をしてくれただけです。真野君は」
 だって、真野君。黄色いお花が咲いたと見せてくれても、今も……。桜の花が一番好きでしょう。どうして牧先生に何も言わず、諦めてしまうの? もう卒業だよ。それとも何かは伝えたの?
「色々とあるわよね。でも、頑張って。悪くないことはあるから」
 白い花が消えて行く。手のひらから顔をあげ、穏やかな微笑みを眺めていた。
「悪くないことはある?」
「そうよ。頑張ったら、頑張った分だけ悪くないことは何かあるの。嘘じゃないわ」
 うそじゃない。真野君のお母さんらしい。言いたいことは分かるけど。つらい……。
「お母さん。何かなら、せめていいことあるって、今だけは言って貰えませんか」
 何でもいいのでしょう? 頑張ったら、なにかひとつくらい、いいことがあってもいいでしょう?
 ふっとお母さんは笑った。携帯電話を取り出して画面を見ている。バスが来た。
「すみません、わたし」
「いいのよ。友也もよくそう言って反抗していたわ。神社の方にいるって。交通安全と学問の神様でね、わりと大きいのよ。知っている?」
 画面と見比べられる。何か言いたそうな笑顔に笑顔を返せない。私、何を知っていると聞かれたの?
「神社があるのは知りません」
「角まで行けば、案内板があるから。受験も最後は願掛けよ」
 あっち、と指さしてバスに乗って行く。
 真野君は、最後の願掛けをしにお寺に行った……。私がそこに行ってもいいの?
 粉雪が降る中、真野君のお母さんが乗った巡回バスが消えて行くまで見送っていた。

 バス停で立ち止まっていると、次のバスがやって来た。人が増えたから更に一歩下がった。
 目が痛い。前髪が目に入った。だから、涙が出た。さっきそのくらいの嘘をつけなかったのか。
 前髪を手で直す。また跳ねているのが分かる。神社、どうしよう……。
 でも、真野君のお母さんは、息子がどこに行ったのか知らなかったから、ラインで居場所を聞いてくれたのか。
 くるりと振り返り、指をさされた方へ歩き出した。なだらかな下り坂だ。
 私、恥ずかし過ぎる。なんであんなところで泣いているの? 真野君のお母さんだって困った。
 頑張れば、頑張った分だけ悪くないことはある。
 それだったら、高校生活の中で一番頑張った、と言い切れるひとつだけを叶えて欲しい。
 でも、真野君と両想いになれるのなら、悪くないことではなくて、良いこと過ぎるよ。
 マンションに沿った道が終わる角に地域の案内板があった。鳥居のマークがある神社への地図を見上げる。
 目の前で桜の花びらが白く舞い続けている。この粉雪であの場面を真野君が思い出さないわけがない。
 牧先生の。きれいにウェーブさせた髪。どこも跳ねていない、余裕のある大人の笑顔。
 白い息を吐いて、マフラーを握り締めた。真野君にちゃんと好きだって伝えよう。
 角を曲がると細道になった。“この先を二分程度、直進”と地図に赤いマジックで書かれてあった。
 私は真野君を追いかけて来たけど、自分の気持ちをアピールはして来なかった。
 真野君と話してみたい、お互いのことを知り合いたいと思って動いていただけだ。
 先に声をかけてくれたのは真野君だった。一緒の勉強やお家の訪問に誘ってくれたのも真野君。私はやってみたいとしか言えなかった。でも、私は、私なりにこれ以上ないと言えるくらいに頑張った。
 きっと悪くないことくらいある。
――あ」
 誰がはじめにそう呟いたのか分からなかった。
 背中に両手を回されて、抱き合っていた真野君か。
 顔をあげて、私と目が合った小柄な女の子か。
「真野君……」
 マフラーを握り締めたまま、たたずんでいる私か。
「真野君の相手は、牧先生でないと嫌だ!」
 白くかすむ視界の中、真野君に叫び、背を向けて来た道を走った。
 真野君が追いかけて来るのが分かった。足音が近づいて来る。なにも考えたくない。だから嫌な予感がしていた。
「小牧、待てよ!」
 そんなドラマのような台詞もうれしくない。振り返りもせず、細道を全力で走り抜けた。
「小牧!」
 名前を叫ばれても、私がもう振り返らないよ。
 だって、真野君の後ろをいつも確保して来た。教室の真後ろの席は親友に取られたけど、斜め後ろだ。
 私は、一生懸命に頑張って来たと言っても、同じクラスになれたのに、男女のグループ行動の時すら一緒だったことがない。でも、斜め後ろの座席だけは譲ったことはない。毎回、椅子取りゲームのようにして、クラスメイトと自由に決める時、「お前ね」と真野君に言われて、軽く睨んでくれるだけで充分だった。
 真野君には、ずっと好きな人がいるし、私はその人を見つめる背中を好きになったのだから……。
 この一年間は楽しかった。少しずつ距離が近くなっていって、私が話し続けるだけではなくて、真野君から挨拶してくれて、笑いかけられるようにまでなった。二人で一緒にやりたかったこと、話したかったこと、行ってみたかったところ、もっとたくさんあった。
 本当は充分じゃない。でも、悪くなかった。戻りたい。戻れるわけなんかない。進めもしない。キスをして、あんなに近くで触れ合っても、私と真野君が一緒にどこかに行けるって思えない。だから、これ以上のことを言えもしない。
 さっきの案内板がある角が見えて来た。これも青春?
「聞けって……」
 手首を捕られ、抱きしめられる。
 荒い息と心臓の音。その上をこぶしで叩いた。
「はなして。もういいよ」
「黙れよ!」
 頭を乱暴に押さえつけられ、唇に唇を押し付けられた。痛いほど抱きしめられる。冷たい手のひらで頬に触れられ、唇を割られ、生ぬるい液体が混ざる。何度も角度を変えて深いキスを長いこと続けられた。
 動けない……。真野君を好きになった時のことばかり、今も思い出す。憧れて来た青春。青も春もこの数日で真野君と二人だけで出来た。
 最後も、あの時のままの真野君を見るの。
「千寿恵(ちずえ)。ずっと呼びたかった」
 唇が離れ、目が合った途端に言われた。表情が怖い。
「牧加奈子先生は」
「やめて」
 真野君が真面目な顔でそんな風に先生のことを呼んだら。抱きしめられている身体全体で痛みを感じた。
「先生。良い生徒で居続ける。俺の小牧千寿恵の場合とは違う」
「おれ?」
「俺の。ずっと」
 強く言われて何も返せず、見返していた。ずっと? 何を言っているの? 私と真野君のずっとという言葉の価値を一緒にしないで欲しい。真野君は、私を好いてくれたと思ったけど、最近もいいところでしょう!
「志望大学を変えるな」
「だからもういいよ」
「よくない!」
「あの子と私は違うの! 離して」
 叫んだ。胸をこぶしで押しても、真野君の両手は全く動かない。
「私は、真野君の後ろでよかった」
 全く違うの。私は……。私だけは、真野君の牧先生への想いを本気で応援した。真野君が周りから指をさされるようになっても、精いっぱいにエールを送った。変な噂なんか耳に入らない。真野君が真野君でいてくれれば良かったの。
「わたしはもう」
 両手で肩をつかまれて、顔を覗き込まれる。
「そうやって見ないで!」
 真っ直ぐに私を見ないで。何も返せなくなるから。真野君のことを同じに好きでしかいられなくなるから。
「だから聞け。あれは妹だ」
 いいえ。そんなドラマにありがちな結論も聞いていません。
「はあ? 大学が何なの」
 先にそれを言うべきでしょう。妹と神社の傍で抱きしめ合っていた。どういう事態なの?
「自分が拘っていたのだろ」
「私の勝手なのだよ」
「違う。同じ大学に合格が出来ないと、告白をしてくれないのだろ」
 真野君を見上げていた。同じように見下ろされていた。告白を……してくれない?
 グイっと道路の脇に押される。自転車が走って行く。妹、同じ志望大学、合格が出来ないと告白をしない私。
「思い出した?」
「あ、お寺の」
 頭に浮かんだひとつの光景が考えずに出て来た。
「あれに止まった」
 真面目な顔のまま手を引っ張られる。首を振る。妹だからって、今そこで抱きしめていた女性と会いたくない。
「妹、うちに帰った。一緒に願掛けに行こう」
 強く手を引かれ、細道を歩き出した。お寺の……。神社だったの? この道に記憶が何もない。隣を見ると、真野君は私の手を引いて、当たり前のように道路側に立って歩き続けている。そのずっとは、ずっとでないよ。数日なだけだよ。
「なに!」
「本当に妹なの?」
「実の妹だ! なんてやつ」
 真野君は嘆いて私の頭をぶった。頭が痛いよ。手のひらだと痛くないはずなの?
「バカになるから、もうやめてと言っているの」
「お前は、そうやっていていいから」
 どうやって? 叫んで? 嫌な子でいていいの?
「この階段を念じながら上ると、願掛けになると言われている」
 目の前の階段を見上げる。ここまで来ると……。そんなことをお父さんに言われた気がする。今年の家族揃っての初詣は、学問の神様にお参りに行こうと車で来た。道まで覚えているわけがない。
「小牧千寿恵と一緒の大学に合格を果たしたい。そう願って登る」
 どこか甘い声と表情にドキリとした。真っ直ぐな視線に押されて頷いた。そうやってじっと見下ろして来るのは、反則だ。絶対に、確信犯だ。なんてやつだ。
「真野友也君と、同じ大学に合格が出来ますように」
 頷き返され、粉雪がちらつく中、手を強く握ったまま石の階段のひとつひとつを上った。

“真野君と同じ大学に合格をしたら告白をする。小牧千寿恵”

 手を繋いだまま階段を上り切り、絵馬を見ている私たち。真野君を見上げると、微笑まれた。
「な? お前まで止まっただろ」
 頷く。油性ペンで祈願を書いたのは私だ。名前をはっきり書いた記憶までない。今年のお正月のことなのに。
「黙られていると、またキスをするよ」
 自分で黙れよって、怒ったくせに。手を引っ張られ、屈んで短くそっとキスされる。この絵馬のことを忘れたのだって、真野君のせいだ。
「妹さんのお名前は?」
「トモコ。友だちが多く出来ますように、子供の二人ともに願いをかけたのだと。でも、俺が小学校六年生で、妹が一年生の時、両親は仲が悪くなって離婚をした。友子は親父について行ったから、祖父母がいる大坂に住んでいる。進学は生まれ育った土地でしたいらしい」
 ご両親、離婚をしていたのか。知らなかった。
「一緒に暮らせることになったの?」
「ううん。上京は成人をしないと無理だ。あいつは、親父たちを選んだのだから」
 表情の変わらない真野君。そんなことを厳しく言われたら、妹さんは泣きたくなるのも分かる。
「友子のことは、母さんが仕事から帰って来たら話す」
 バイブで揺れる携帯電話をポケットから出して、何か返して打ちながら言っている。
「でも、私」
「ストップ。この話はこれでおしまい。プリンを貰った時、お前には話しておけばよかった」
 真野君を見上げたまま泣きそうになった。余計なことを聞かないでいたかったのは私の方だったのに。
 神社のお賽銭箱の前に着いた。
 私は、真野君と手を繋いで隣にいられている今は、卒業式に写真を一緒に撮りたいとか願っている。
 以前は、同じ卒業証書が入った黒い筒を持つ真野君をこっそりとカメラに収めて、笑顔で挨拶をして見送る。真野君にも“またな”くらいのひとことを返して貰う。それが私の次の春に見る最後にして下さい、と思っていた。
「千寿恵、告白、して?」
 斜めに見上げただけで、目が真っ直ぐにあった。千の寿が恵まれなくてもいいの。
「真野君が好きです。春の最後も一緒に見られたらいい」
「俺も。お前が好きだよ」
 やわらかい微笑み。笑い返せた。こんな時を重ねて行けるのなら、どれだけの寿でしょう。
「努力をしたら、努力した分だけ悪くないことあるよね」
「その言葉、嫌い。俺が春の最後に見るのは、小牧千寿恵。予約ね」
 わたしは、その微笑みに止まったの。悪くないことではない。千の寿に匹敵する。
 二人で小銭を投げ入れ、両手を合わせてお参りをした。
 真っ直ぐに目が合って微笑んだ。頷き合い、手を繋いで歩き出す。
「風邪を引かないようにしないと」
「平気。粉雪、綺麗でね、桜の花びらかと思ったの」
「オプションはどっちでもいいよ」
 笑っている。何を話すのでもなく、私と一緒に歩いてくれる真野君が隣にいるのは、やっぱり春に見る最後だ。
 はじめに真野君を見かけた時に思った。これこそが春に見る最後の夢だ。私だけの頭の中に残っている記憶。どんなに頭を叩かれても、三年近く経っても忘れていない。
 見上げていた、目が合った、私が見せられた真野君の微笑み。
 次の春も、その次の春も、何度目の春になっても、最後に見るのは真野君がいい。
 最後に。勉強も頑張るから神様、応援してね。二人で一緒に見るのがハッピーエンドでなくちゃ春にならない。

【おわり】


矢印記録
初稿 2014-04
改稿 2020-08 / 推敲 2021-03

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