曖昧ゾーン (11)

第四話 - 2 頁


 桜の花が風に揺れて散り続けている。中央の一番に大樹の後ろ側にゴザを何枚か敷いて生徒会は陣取っていた。
 佐原君に誘導されるままに紙コップや紙皿や割りばしを全員に配った。その間に場所取りをしていた二年生たちがてきぱきと動いてポテトチップスやチョコレートやポッキーのお菓子が紙皿に盛られ、ウーロン茶が紙コップに注がれていった。
「五組の人たち隣にどうぞ」
 どう座っているのか分からず立っていたら、一組の女子が言ってくれた。副生徒会長だ。苗字が思い出せない。なに瞳さんでしたか?
 佐原君は肥田さんが嫌いと言っていましたのに、隣に座ることになっていいのでしょうか。生徒会長は無言で怖い。
「奥村先生と副顧問の小池先生がいらしてから乾杯をするので、少し歓談をしていてください。理科と英語のグラマーの先生です。ちゃんと先生方のことも生徒会の皆さんは覚えておいてください。駐車場に迎えに行ってきます」
 肥田さんがスマホを持って立ち上がっている。周りはがやがやとした後、紙皿のお菓子だけは食べ出している。
「小池先生は、グラマーって……」
 思わずつぶやいた。それでうちのクラスは課題に英語が足されていましたか。納得です。
「うちの副担任だけど、奥村と選ばれたらしい」
 隣で佐原君が返してくれた。この前の会合には来ていませんでしたのに。佐原君に合わせてウーロン茶を飲んだ。動くと腕が振れる。相変わらず近いです。ゴザが人数に対して少ないので端にこれ以上いけません。
「だから、押し付けられたとの間違いだろ」
「勝手に言い過ぎ」
 大村君は遠めにいるのに言い返している。佐原君の発言をちゃんと聞いていた。大村君と仲がいいのですね。
「中学生の生徒会はこういう集まりまではなかったよね」
 体格が大きい男子が言っている。大村君といい勝負です。大村君はそっちを見ることもなく、大樹に寄りかかり磯さんと話している。
「なぜだと思う?」
「中学生だったからだよな、佐原」
「それ面白くない」
 佐原君は、やはり仲はいいらしい他のクラスの男子に返している。このお二人とも中学校時代から学級委員だったのですか。佐原君と同じ中学校だったなら、秀美や公香たちとも同じで、高校にも徒歩圏ですか。羨ましいです。
 はっ。佐原君と話していた大柄の男子と目が合ってしまった。変な意味で見ていないです。
「鵜飼さんだっけ? 佐原とペアだろ。しかも五組はくじ引きって、すごいわ」
 え? もう私なんかの名前と顔を覚えられました? くじ引きで選ばれたことすら強運となってしまいますか。
「俺らは、三年生の副会長は佐原とペアだと思っていたのに」
「そうだよな。三年連続で委員の佐原がいるから教えて貰おうと安心していたのにさあ。大村、やり難いだろ」
 私事を覚えてくれた方は体育会系でしょうけど、もう一人の方は、色白で細く眼鏡。秀才タイプに見えます。
「分からなくもないけど、俺は選挙にも出ていなかった。顧問のクラスが副会長になると決まったのまで俺のせいでないよ」
 決まったって、いきなり教師たちで決めてしまったのですか? 私の記憶でも選挙の二位の方がなるはずです。
 丸く座った写真を撮った子たちの視線を強く感じていた。私はなにか言うべきところでしょう。
「自己紹介でも……」
「そうして下さい。二年生なので先輩方の名前と顔が一致しません」
 はきはきと笑顔で言われる。やはり後から加わった方が中心でしたか。私はその手のことだけは分かるのです。
 周囲の視線を浴びる。私が言い出したのですから、自分から言うことになりますね。
「三年五組の鵜飼サトコです。部活は家庭科クラブです。学級委員のような係は、学生生活ではじめてやります。皆さんの足手まといにならないように頑張ります。よろしくお願いします」
 頭を下げる。なにも面白いことは言えませんでしたけど、この前に比べたら、どう言えばよかったかも考えて来たからうまく言えました。ホッとしました。
 ウーロン茶を飲んでいた佐原君と正面から目が合った。頷かれる。頷き返せない。周りの視線が痛いです。
「同じく五組の佐原俊行です。三年間ともに学級委員を務めて来ました。写真部なので、今日はカメラを持って来ました。散っていく桜を撮影したいと思っています。ここで交流を深め、お互い教え合いましょう」
 パラパラと拍手をされている。女子に好かれている方は違います。私から教えられることはない気がします。
「お二人は佐原君のお友だちなのですよね?」
 さっき写真を佐原君と撮った三人組の女子のグループの中心の子、すごく言えるのだなあ。
「あ、まあ。俺、二組の新藤。みんなの名前くらいは覚えたつもり。バレー部。よろしく」
 大きな体を揺らして話し、にかっと笑っている。周りと一緒に頷いておきませんと。
「今年の生徒会、バレー部、結構いるよな。三組の三橋です。こっちもなにかの時にはよろしく」
 片手で敬礼を空に向かって送るような仕草をした後、周囲を笑顔で見回している。女子の四人組が手を挙げている。さっきから輪になっていた一年生だ。バレー部の方は男女で六人いるのですね。この二人の男子はどう見ても苦手なタイプです。あまり関わらないでおきます。
「一組の井野瞳です。肥田生徒会長に任せきらないよう自分から動いて行きたいです。鵜飼さん、ここの女子で買い出しに行きましょう」
 えっ。井野さんが立ち上がり、佐原君と向き合う位置にいた二年生の三人組の女子たちも見合っている。
「お菓子だけでなくて、皆さんの千円の会費内で賄えるおにぎりでも買います」
「あ、はい。じゃあ、行ってきます」
 全体を頑張って見て言っていても、佐原君が頷いてくれるだけだった。誰にも特に見られていない。
 ああ、良かったです……。ここまで話せた自分を褒めましょう。リュックを片方の方にかけて立ち上がった。
 前にいた三人組は、不満そうに視線を交わし、何度も顔を見合わせて井野さんの後についている。
「鵜飼さん。私たちは二年生の一から三組です。同じクラスになったことはありませんが、映画鑑賞クラブで一緒になので仲良くなりました」
 隣に並ぶ流れになった高木さんににこりと話しかけられ、微笑み返した。どう返していいのかは分かりません。
 井野さんは先頭に立ち、桜の大樹に背を向ける方向に速足で園内に進んでいる。
 どこに向かっているのですか? おにぎりは、屋台に売っていないでしょうし、学校の傍にコンビニもありません。校門の前のバス通りの道を渡ると、アイスクリーム屋と文房具店が小さくあるだけです。駅と反対側の商店街の方は行ったことがありません。駅までだとバスに乗らないとニ十分はかかります。
「ここです。三千円分でおにぎりを買えるだけ買うので、皆さんもなにがいいか一緒に考えてください」
 人混みをかき分けた奥に“記念公園店”と文字が消えかかった小さなお店があった。
 ハイキングコースとの境目ですか。この公園は学校の授業や帰りがけによく来ています。冬の体育のマラソンの時だけでもこの辺は走っていますのに、全く記憶にないです。秀美や公香も知らないでしょう。
「ひとつずつおにぎりの種類を言って行きましょうか。まずは二年生の高木さんから」
「うーん」
 おにぎりが並ぶ棚を眺めながらしゃがんでいる。他の花見客が横から買っている。高木さん、彼女だけでも名前を覚えませんと。二年生はこの三人が強いのです。場所取りの係ですのに、他の二人の女子に任せて記念写真などを取っていたのは見えます。後は一年生。女子の顔と名前を一致させるのは、同学年は一番重要な副生徒会長の井野瞳さんも頭に入れましたし、なんとかなりそうです。
「一番上の列のどれかだなあ。副会長。私たちが選んだって言われるより、無難に選んだ方がいいです」
「高木さんに同意見です。文句を言われたらいやだし」
「買い出し係じゃないです」
 井野さんは頷くようにして私を見て来る。頷いた。一番上の列から選べば、おにぎりらしい中身の具です。
「私が預かっているのは父母会からの会費の三千円分です。どうやってこのお花見の会が賄(まかな)われているのかも頭に入れてください」
 きびきびと言って、お店の人に声をかけている。賄い……。さっきと言っていることが違いませんか?
「でも、さっきは私たちの会費から出すと説明をしていました」
 高木さんが強い口調で言っている。私も同じように思いかけましたけど、揉めるのをやめましょう。
「三千円で全員分のおにぎりを買えるわけではないので、やりくりはします」
「え……。でも、それって父母会費はすべて使ってしまうのですよね」
 他の子が不満そうに言っている。父母会費はうちも払っていますか? 自主的だったら父は出していません。
「おにぎりを買って来るとも言っていません」
 もう一人の子も続けている。あなたたちはそうやって中心の子に合わせて攻め立てていくと分かっていました。
「肥田さんに説明して貰った方が……」
「そうですよ。おにぎりをお菓子や飲み物に足す提案をしたのは生徒会長のはずです」
 二人で言っている。私はおにぎりを買う予定だったのかもよく分からないので、なにも言えない気がします。でも……。
「あなたたち変な風に言わないで下さい。私は副会長として間違ったことはしていません」
 井野さんが厳しい口調で言い返している。でも、二年生たちは買い出し係でないことに拘っていました。
「鵜飼さん!」
 隣で高木さんが叫んだのでびっくりしてしまった。生徒会長のペアが会計です。判断を任せてはいけませんか。
「荷物を持ちに来た」
 なにも答えられないうちに新藤君が向こうから三橋君と歩いて来た。佐原君はいない。そんな風に思ってよくないです。私は井野さんに声をかけられて、自分で立って来たのです。
「お疲れ」
 二人がどうかしたのかと私たちを見比べている。背の高い井野さんを斜めに見上げた。固まっている。
「皆さんからの会費の千円と父母会費を使っておにぎりを買っていいのかを今考えていたのです」
 新藤君と目が合ったので言った。なにがあったのか上級生の私が言うべきだと見て来たのは分かっています。
「少し事実と違います。私の説明が悪かったです!」
 井野さんが怖い。そんなに睨まないでください。私は裏切り者ですか。あなたと仲がいいわけでもありません。
「揉めることはやめましょう。今、プリントで確認をしますけど、買い出し係の方たちの役目を奪いました。おにぎりやジュースを買うのだったら、楽しい仕事ですのに。その場で私も言うべきだったとは思います」
 よく言った私。ちゃんと周りを見ながら言えた。リュックを肩から降ろしながら思う。私の発言も今の揉め事から少し逸れている気がしますけど、買い出し係の存在を三年生の私が忘れていたと認めてもいいことはありません。
「鵜飼さん、先程から見ていると、おにぎりのことすら分かっていませんよね?」
 え? おにぎりのことすら?
「ごめんなさい。私はガラケーユーザーです。スマホでやりとりをしていた分は、頭に入っていません」
 プリントをリュックのポケットから取り出した。遅れても来ました。佐原君が伝えきれなくても仕方がないのです。
「わたしは携帯電話を持っていません。親はバイトが出来るまで買わないと……」
 二年生のひとりが続けている。うわあ、そこまで言う親もいるのですか。父が聞いたら、俺が言った通りだっただろ、となります。
「できれば、用意をしてください」
「えー。横暴です」
「副会長、偉いからって怖いです!」
 高木さん、あなたも怖いです。井野さんに睨みつけられる。どうして私があなたの敵になっていますか。それとも父に学校に文句をつけさせますか。
「そんな風に見られても本当に困ります!」
 頑張れ私。二年生たちも困っています。ちゃんと議論をして決めて貰いなさい。

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